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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)4561号 判決 1966年2月10日

原告 滝口万太郎

被告 住友金属工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金五〇〇万円およびこれに対する昭和二七年一二月二一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、被告は、原告に対し、別紙目録<省略>(一)記載の二通の約束手形金合計金一五七万円の債権を有するとして、右債権保全のため、大阪地方裁判所に対し、昭和二五年(ヨ)第一九〇一号事件として不動産仮差押命令の申請をなし、同年一二月一五日、仮差押決定を受け、その頃原告所有の別紙目録(二)の(1) ないし(3) 記載の不動産(以下、別紙目録(二)の(1) ないし(5) 記載の不動産については、単に本件(1) ないし(5) の不動産という)に仮差押の執行をなした。

二、次いで、被告は、原告に対し、右債権の支払請求の本案訴訟を提起し、同年(ワ)第三八四二号事件として大阪地方裁判所において審理され、昭和二七年二月二五日、「原告は被告に対し、金一五七万円および内金五七万円に対する昭和二五年五月五日以降、内金一〇〇万円に対する同年一二月七日以降いずれも完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、原告の負担とする。この判決は被告が金五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。」旨の判決が言渡された。そこで、被告は、右判決の執行力ある正本に基づき、原告所有の本件(1) ないし(5) の不動産につき、大阪地方裁判所に対し、昭和二七年(ヌ)第七五号の不動産強制競売の申立をなし、同年八月二二日、右各不動産に対する競売開始決定を受けた。

三、しかしながら、右仮差押執行および強制執行は、次にのべるとおり過剰執行であり、違法不当の執行である。

1、被告の原告に対する債権額は前記判決主文のとおりであるが、被告が仮差押執行をなした当時の本件(1) ないし(3) の不動産の価格は、最低合計金三三六万三、〇〇三円(裁判所の鑑定人の評価額)であり、当時の客観的交換価値は、金七〇〇万円をはるかにこえるものであつた。

2、ところが、被告は右不動産の外に本件(4) および(5) の不動産を加えて強制執行の目的物件としたが、右強制執行当時の本件(1) ないし(5) の不動産の価格は、最低合計金六七四万六、九四三円(裁判所の鑑定人の評価額)であり当時の客観的交換価値は、金一、五〇〇万円をはるかにこえるものであつた。

3、そこで、原告は、被告に対し右仮差押執行および強制執行が前記のとおり過剰執行であり違法である旨主張したところ、被告は、昭和三〇年一一月五日、前記強制競売の目的物件のうち、本件(3) ないし(5) の不動産に対する強制競売の申立を取下げた。

4、その結果、右強制競売の目的物件は、本件(1) および(2) の二筆の土地(なお、この二筆の土地は、その後土地区画整理事業の完了によつて「大阪市天王寺区真法院町二三二番地、宅地五二二坪九合一勺」という一筆の土地となつた。)に減縮されたが、減縮後においても、右競売の目的物件の最低競売価額は、執行裁判所によつて金九四一万二、三八〇円と定められており、右物件の所轄区役所における昭和三九年度の価格評価は、金三、九〇八万七、五〇〇円となつており、その客観的交換価値は、金五、〇〇〇万円を優にこえている。

四、原告は、前記各執行を受けた当時石油販売業および鉱工業を大規模に営んでいたものであるが、被告は、右執行の目的物件の価格が前記のとおりであることならびにそれらの物件が原告の生活および右営業の本拠であり、これに対し仮差押執行および強制執行をなすことによつて原告の社会的信用および名誉に多大の損害を与えることを知りまたは知り得べきであるにもかかわらず、あえて右各執行をなしたものである。

五、従つて、右仮差押執行および強制執行は、被告の故意又は過失による違法の執行であり、原告の社会的信用および名誉に対する不法行為を構成するものであるところ、右不法行為によつて、原告は優に金二、〇〇〇万円をこえる無形の損害を被つた。

六、よつて、原告は被告に対し、右損害のうち金五〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二七年一二月二一日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。証拠<省略>

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として

一、請求原因第一、二項の事実は認める。

二、同第三項の事実中、1の事実は不知、2の事実は、被告が仮差押執行の目的物件の外に本件(4) および(5) の不動産を加えて強制執行の目的物件としたことは認めるが、その余の事実は否認、3の事実は、被告が昭和三〇年一一月五日に右強制競売の目的物件のうちから本件(3) ないし(5) の不動産に対する強制競売の申立を取下げたことは認める、4の事実は、右取下の結果、右強制競売の目的物件が本件(1) および(2) の二筆の土地となつたことおよびこの二筆の土地がその後土地区画整理事業の完了によつて原告主張の一筆の土地となつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告が前記のとおり強制競売の目的物件として仮差押執行の目的物件の外に本件(4) および(5) の不動産を加えた理由は次のとおりである。すなわち、右強制競売の目的物件である土地建物は、登記簿上はいずれも数筆になつているが実際には土地は互に隣接し、建物はそれらの土地上にまたがつて建設されているので経済的には一体をなしていた。従つて、これらを切離して売買すれば経済的には極めて価値が少なく、そのうえ競落不能になるおそれも考えられた。しかも、原告は当時、(イ)、訴外池田徳蔵に対し金二九〇万円の手形債務を負担し、また、(ロ)、訴外大阪住友海上火災保険株式会社に対し金一六万九、六八〇円の債務を負担しさらに、(ハ)、訴外伊藤市助に対し金三四〇万円の債務を負担していたほか、国税および府税も滞納しており、その後昭和二六年二月一九日、右(ロ)の債務の確定判決に基づき有体動産の差押を受け、同月二七日その競売が実施され、さらに、昭和三三年九月二六日、右(ハ)の債務の確定判決に基づき本件強制競売の目的物件と同一の本件(1) および(2) の土地につき強制競売の申立を受けたものである。しかしながら、被告は、原告が昭和三〇年八月二六日大阪地方裁判所に対し異議の申立をしたので、前記のように同年一一月五日本件(3) ないし(5) の不動産に対する競売の申立を取下げたものである。そして、本件強制競売の目的物件である二筆の土地は、原告主張のとおりその後一筆の土地となつたのであるから、この土地については過剰執行の問題の起りうる余地はない。

以上のとおり被告の仮差押執行および強制執行は、原告主張のような過剰執行ではなく、何ら違法の執行ではない。

三、同第四、五項の事実は否認する。

と述べた。証拠<省略>

理由

一、請求原因第一、二項の事実は当事者間に争がない。

二、そこで、本件仮差押執行および強制執行が違法不当な過剰執行であるかどうかを検討する。

成立に争のない甲第四、第七号証によれば、鑑定人佃順太郎の鑑定の結果では、本件仮差押執行当時の本件(1) ないし(3) の不動産の客観的交換価値は合計金二四二万六、八七五円であり、本件強制競売開始決定当時の本件(1) ないし(5) の不動産の客観的交換価値は合計金八七九万一、一四〇円であり、被告が強制競売の目的物件を本件(1) および(2) の土地に減縮した当時の右土地の客観的交換価値は合計金一、二三七万六、〇〇〇円であること、鑑定人江見利之の鑑定の結果では本件強制競売開始決定当時の本件(1) ないし(5) の物件の評価額は合計金六七四万六、九四三円であることが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はないから、被告の本件債権額と対比し、前記仮差押執行および強制執行はいささか超過差押であるというべきである。

しかしながら、わが民事訴訟法においては、金銭債権の執行についてはいわゆる平等主義をとつているのであつて不動産に対する強制競売を例にとれば、債権者は競落期日の終了するまで配当要求することができ(第六四六条二項)この配当要求は執行力ある正本をもたない債権者もなすことができるのである(第六四七条二項)。従つて、競売申立債権者としては、自己の債権額を基準として競売申立をなしたときは、その後において他の債権者が配当要求してくることによつて自己の債権が十分満足を得られない場合のあることも当然予測すべきであり、特に債務者に対する加害の意図をもつてする場合は格別、右のような場合のために備えてある程度の超過競売の申立をすることは、あながち非難しえないものというべきである。超過競売の場合の競落の不許を規定する第六七五条は、かかる場合をも予想する規定と解される。強制競売の段階においてさえ右のとおりであるから、強制競売を保全する仮差押執行の段階においてはある程度の超過差押もやむをえないというのほかはない。

本件においては、成立に争のない乙第一ないし一一号証、証人川合五郎の証言を総合すれば、原告は本件仮差押執行当時、(イ)、訴外池田徳蔵に対し金二九〇万円の債務を負担しまた、(ロ)、訴外大阪住友海上火災保険株式会社に対し金一六万九、六八〇円の債務を負担し、さらに、(ハ)、訴外伊藤市助に対し金三四〇万円およびこれに対する昭和二四年三月一五日以降右支払ずみまで年五分の割合の債務を負担していたほか、府税も滞納していたこと、その後昭和二六年二月一九日、右(ロ)の債務の確定判決に基づき有体動産の差押を受け、同月二七日その競売が実施され、金一三万円で競落されたが、これに対し(イ)の債権による配当要求の申立があつたこと、被告の申立による本件強制競売の続行は、第一回の競売期日前に原告の申立によつて停止されていたところ、昭和三〇年八月二六日付で、原告より大阪地方裁判所に対し、余剰差押取消決定申請がなされたので、被告は同年一一月五日、本件(3) ないし(5) の不動産に対する競売の申立を取下げたこと(右不動産に対する競売の申立を取下げたことは当事者間に争がない)、その後右(ハ)の債務の確定判決(競売申立債権は債務元本金三四〇万円、遅延損害金一六三万五、〇〇〇円、合計金五〇三万五、〇〇〇円)に基づき、原告は、昭和三三年九月二六日付をもつて訴外伊藤市助より本件(1) および(2) の土地につき不動産強制競売の申立を受け、右競売申立は被告の本件強制競売に記録添付されたこと、右強制競売手続に対し、国税合計金八九万〇、六六〇円および府税合計金八一万四、七四〇円の交付要求がなされていることならびに被告の申立にかかる本件強制競売手続が停止されていることから、右伊藤の申立にかかる強制競売手続が続行され、昭和三九年一二月二三日、前記二筆の土地の競売期日が開かれたが、競買申出人がなかつたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

前記説示の民事訴訟法における平等主義の原則に以上の事実関係を照して考えると、被告のした仮差押執行および強制競売が前記認定のとおりいささか超過差押であるからといつて、何らこれを違法不当の執行であるということはできない。なお原告は、本件(1) および(2) の土地の価格がその後さらに騰貴したとして、被告の本件強制競売が過剰執行である旨主張するけれども、右二筆の土地がその後土地区画整理事業の完了によつて一筆の土地となつたことは当事者間に争がないから、たといそのような事実があつたとしても、被告主張のとおり、過剰執行の問題の起りうる余地はない。

三、以上認定のとおり、被告の前記仮差押執行および強制執行は何ら違法不当の執行ではないから、これが違法不当の執行であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断を加えるまでもなく失当として棄却さるべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木下忠良 大須賀欣一 柴田和夫)

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